たまに
「自分は男だけど、女性の歌を原キーで歌いたい!」
とか
「自分は性別にしては声の低い方なんだけど、声の高めの人の歌を原キーで歌いたい!」
とかよく聞くんだけど、それはとっても難しい面もあって、だからこそとても面白いんだよ、というお話。
音域の生理的な限界の話
声域を広げていくことはボイトレの中でも大きな要素ですが、基本的には「生理的な限界」を超えることは難しいと言われていますね。
しかしなかなか「生理的な限界」まで声をしっかり思い通りに使えている人はほとんどいないので、その辺が使えるようになればなった分だけ音域は広がるよ、という感じ。
特に低音は、俗にいう「チェストボイス」「地声」の最低音までしっかり出せていればそれ以上の低音を出す手段がほとんどないので、「限界がある」と広く知られています。
また、高音については、「チェストボイス」の限界の高さもやっぱり生理的に決まっています。
たまに「高音については限界がない!」みたいに言う人もいますが、それはちょっとありえない。
で、「チェストボイス」の限界にいったら「ミドルボイス」、さらに限界になったら「ヘッドボイス」へと切り替えていく必要がある、と。
※この辺の用語は、定義が人によってぜんぜん違うことがあるので非常にめんどくさい
それじゃあ「地声」「裏声」って一体なんなのか問題。 - 烏は歌う
…で、とてもおおざっぱに書くと、
・声が低めの男声
チェストボイス「D2〜F4」/ミドルボイス「F4〜A4」/ヘッドボイス「A4〜D5」
・声が高めの男声
チェストボイス「F2〜G4」/ミドルボイス「G4〜C5」/ヘッドボイス「C5〜F5」
・声が低めの女声
チェストボイス「E3〜A4」/ミドルボイス「A4〜D5」/ヘッドボイス「D5〜G5」
・声が高めの女声
チェストボイス「G3〜C5」/ミドルボイス「C5〜F5」/ヘッドボイス「F5〜B5」
くらいなもんでしょうか。女声はちょっと自信ない。
(C4とか言う表記法もあんまり慣れてないのでミスってるかも。C2=lowC,C3=mid1C,C4=mid2C,C5=hiC,C6=hihiC…って書き方の方が慣れちゃってるんだけど、あんまり一般的じゃないんだよなー。)
声の性質や「盛り上がりどころ」の違い
基本的に、どの声区で歌うかによって、同じ高さの音であっても声の性質や印象が違ってきます。
チェストボイスの方が、太く力強い声質にしやすいし、声量も出しやすい。
ヘッドボイスだと、どうしても軽く鋭い音質になりやすいし、あんまり声量は出せない。
(技術で補って、「すごい声量がでていそう」に聞かせることはできる。)
ミドルボイスはその中間くらい。
あと、(特に男は)普段チェストボイスで喋ることが多いので、ミドルボイスやヘッドボイスで歌うと「非日常的な」印象を持たせたりすることができる。
それと、その声区内での音域によっても、どうしても「出しやすい」「表現しやすい」ものが変わってくる。
その声区で出せるギリギリの低音域になると、声帯を限界まで緩ませなければならないので「思いっきりテンションの低い声」か、エッジボイスを利かせまくって「おどろおどろしい声」にするしかないわけです。
逆に限界近い高音域、もしくはちょっと限界突破気味な高音域だと、声帯の緊張度がMAXな「思いっきりテンションの高い声」とかになってくるわけです。
真ん中くらいだと、よくもわるくも「余裕のある声」になりやすいし、ギリギリな音域はその「ギリギリ出している感」が特別な表現になるわけです。
で、ここが本題なのですが、
「大抵の歌は、本来の歌い手に合わせて、曲の盛り上がりや表現に合わせて適切な声区やその中での音域が来るようになっている」
という設計になっています。
だから、
「異性や別パートの歌を原キーで歌うと、本来とは違った盛り上がり方になる」
という現象が起きます。
だから難しいし、だから面白いんですな。
例えば、クラシック界隈では…「テノールと言えばハイC」という風潮がありますわな。
名テノールのパヴァロッティが「キング・オブ・ハイC」と呼ばれていたり、テノールにとってハイC(C5)は特別なものなんです。
それが何故かというと、C5はちょうど「テノールにとってのミドルボイスの限界高音近く」なわけで、
・声区の限界近いギリギリ感が生み出す快感
・ミドルボイス音域なので、「地声感(力強さ、男らしさ、パワフルな声量などなど)」を残して歌えるギリギリの高音
だから、これをしっかり出せると拍手喝采なわけですね。
(クラシック界隈はもう超人そろいなので、私のような常人のあれこれで説明しようとすると少々違うかもしれないが。)
同じ「ハイC(C5)」を
・ベースが出す→ヘッドボイスでしか出せないのでやや「裏声感」が強すぎるし、そんなにギリギリの音域でもないのであんまり面白くない
・アルトが出す→ギリギリ感がそんなにないのであんまりおもしろくない
・ソプラノが出す→チェストボイスの限界付近なので力強さはあるが、チェストボイスなので女にしては荒々しすぎるかも
という感じになってきますので、「一番の盛り上がりどころがC5の歌」があったとして、それをテノール以外が歌っても「全然違う表現」になってしまうわけですな。
他にもPOPS方面で実例を考えてみると、例えばこんな名曲聴き比べなんか面白いかも。
えー、このくらいの音域だと、女声だとまあ一般的な音域というか、だいたいチェストボイス音域〜最高音がチェスト張り上げかミドルボイスか悩むくらいの音域、という感じですね。
「話し声」音域のAメロを余裕がありつつも力強い中域のチェストボイスで歌い上げる(というか「喋る」)ことで「言うことは言う逞しい女性」をアピールして、サビはちょっと軽めに高音も出して開放感を表現、という感じだろうか。
しかしこの音域を男声が歌おうとすると、全体的に「チェストボイスの高めの音〜ミドルボイス音域」がメインになっちゃうわけで、もういきなりクライマックスな感じになっちゃうわけですよ。
もう「晴(ハレ)か褻(ケ)か」で言ったら完全に晴で、「祭りだワッショイ」って感じじゃないとやってらんないくらいの高音域。
なので、テンポを上げて、さらに色々と手数を増やして曲の密度を増すことで思いっきり曲のテンションを上げて、「男女の音域の違いによる盛り上がり方の違い」を上手いこと昇華しています。
この声で原曲通りやったら…たぶんすごいスカスカでしょぼい。
男声が女声曲を原キーでやる場合、逆にサビ以外を「ものすごくやさしい、力を抜いた声」でやることも多いですが、それもやっぱり「そのままやったらお祭り状態」なのを抑えるために、女性よりもむしろソフトにエアリーに歌ったりするわけです。
こんな感じで、なんらかの工夫が無いとどうしても聞かせる歌にはなりにくいんだけど、きっちり「見せ場」「見せ方」を用意したならすごく面白くなるんですよねー。
男女だと違いがわかりやすいので男女の話をしてきましたが、同性でもやっぱり声の高い低いってのがあるので、同じ歌でも、歌う人によって全然違う歌になってしまいます。
なので、
・どのキーで行くのか
・そのキーと自分の声の高さの組み合わせだと、どこがどのように盛り上がるのか
・王道(曲が最も盛り上がるところに、自分の声の一番いいところを当てる)で行くのか、敢えてずらすのか
というのをたまに考えてみると、面白いと思います。